広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

9月20日 中国新聞で紹介いただきました

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今日の中国新聞(2017年9月20日)の紙面で、小さな一歩の活動が紹介されました。
いつも取材に来てくださり、5年間の歩み、新しい事業も含めた私の今の気持ちを
限りあるスペースでしっかりとまとめて記事にしてくださる滝尾記者に感謝(^_^)です。

2017年09月20日 19:39 |コメント|

一緒に昔を思い出せていたらどんな話をしていただろう

先週の水曜日、思い切って夏休みを1日もらい、
ひろしま美術館で8月27日まで開催していた「絵本のひきだし 林明子原画展」を見に行きました。

展覧会内容は ⇒ 「ひろしま美術館ホームページ」

「はじめてのおつかい」「あさえと ちいさいいもうと」「こんとあき」、、、
代表作はどれも、2人の娘が幼いころ、私も娘たちも大好きで、くりかえしくりかえし
読み聞かせ、娘たちも自分で読んでいた絵本です。

特に、
5歳のみいちゃんが、赤ちゃんのお世話でてんてこまいのおかあさんに頼まれて、牛乳をはじめて1人で階に行く「はじめてのおつかい」は、みいちゃんのどきどき、こわごわおつかいをする姿や、心配しながら、でもみいちゃんを信じておつかいに出すおかあさんの心情がわがことのように思い出されるおはなしでした。
本の内容は⇒ 「はじめてのおつかい」

また、お母さんに留守番を頼まれて小さな妹のお守りを頼まれたあさえが、ちょっと目を離した間に、やんちゃな妹のあやちゃんが外で姿が見えなくなり、あさえが必死に探す「あさえとちいさいいもうと」も、
当時の娘たちの姿がそのままだぶって見える、そんなおはなしでした。

本の内容は⇒ 「あさえとちいさいいもうと」

原画展を巡りながら、絵本を母娘で読んだことや、小さいながらも留守番やお手伝いをよくしてくれた娘の姿が走馬灯のように浮かび上がり、涙がにじみました。
おはなしに出てくる幼い姉妹の年齢差も娘2人とほぼ同じ。
仕事や家事で忙しい私をよく手伝い、気遣ってくれた“ちいさなおねえちゃん”の歩美。
みいちゃんもあさえも、おかっぱの髪、小づくりな目鼻立ちが歩美によく似ています。

原画展では、大人の母娘の姿も多く、きっと、同じように何十年か前を懐かしみ、
当時のことを語り合いながら見て回っているのだろうと思いました。

過去は過去。帰ってこない。
昔の懐かしい日々は、娘が元気で過ごしていたとしても、その時に戻れるものではない。

でも、昔話を語り合いながら歩美と見て回ったら、いまなら31歳になっている歩美とどんな想い出語りができたかな。

2017年08月29日 19:28 |コメント|

人は人の罪を赦せるのだろうか

最近、私の身近で犯罪が起きました。
私は間接的にその被害者です。
容疑者は私に対して「生きる糧になっている」「あなたがいるから死なずに生きている」とまで言っていた人でした。

傷つきました。
人の心が怖くなりました。
色々な考えが頭を巡りました。
「あの言葉は、私を油断させるための手段だったのか」と疑いました。

執着ともいえる愛着を示しながら、ほぼ同時に犯罪を重ねていく行為が恐ろしくなりました。

苦しみました。
警察の調書に回答しているうちに、自分が不確かな言葉で他人を陥れようとしているのでは、
という疑念が生まれてきて自分の記憶が信じられなくなったりしました。

まだ捜査が続いているので、どのような司法的な判断になるかもわかりません。
これからも色々なことを警察に聞かれることがあると思うと、訳もなく疲れます。

ちょうど同時期に教会で「罪の赦し」についてふれる聖書(ヨハネの福音書8章)の説きあかしがありました。
「人を赦す」とはどういうことか、深く考えさせられています。

まだ結論は出そうにありません。

ただ、願わくば、本人が罪を罪として素直に認め、
法の秩序にのっとった罰を受け、こころから償いを終えた後で、
「あなたに罪を定めない」と言える自分になれたらいいなと思っています。

とても難しいと思いますが。

2017年08月15日 18:46 |コメント|

時を経て悲しさも風のように過ぎ去るのか

先週土日は猛烈な暑さの中、名古屋⇒静岡と2泊で出かけました。

土曜日30日は名古屋で、4年前から事務局をしているクリスチャン自死遺族の分かち合い「ナインの会@愛知」に参加しました。
1年に1回の会なので、1年ぶりにお会いする方と、越し方1年間を振り返り、時間を経て変わらない想いと変わった想いを分かち合いました。

実は先週後半に、小さな一歩では色々なことが激変し、予期せぬ出来事もあったりしてへとへとだったので、
かなりくたびれた感じで名古屋に金曜日の夜遅く到着したのですが
やはり、教会で、同じ信仰の友である自死遺族同士が語り合う場というのは、
心が静謐になるというのでしょうか、張りつめているものがふっと抜ける、というのでしょうか。
いつのまにか疲れやいらいらが取れて、穏やかな気持ちになれるのが不思議です。

次の日、亡き両親の住まいの遺品の整理のために静岡に向かいました。
この日は静岡市内を流れる安倍川の花火大会です。
安倍川ぞいに建つマンションの上層階にあった父母の家は売りに出すことにしたので、
この部屋から見る花火大会も今年で最後と思うと、感慨がこみ上げました。

私は転勤族の家に育ったので、生まれた家もすでに他人の家に建て替えられてもう姿かたちもないし、
青春時代を過ごした家も、両親が静岡に転居するときに売却したので、帰るところではありません。
最後に両親の想い出の香りが残る静岡の家も、まもなく他人の手に渡ります。
「もう自分のルーツにつながる場所はどこにもなくなるんだな」と思うと寂しさでいっぱいになりました。
(現実の事情のため、売却しないわけにもいかないので。。。)

最後の花火をたくさん動画に撮りました。

翌日、母の遺品の中で持ち帰れるものとして、母が自分で縫った、懐かしいブラウスをかばんに入れました。
父が書き溜めた日記、両親がきれいに整理したアルバム、私の子どものときの作文、、、
古びた家具、、、

役に立つものは1つもありません。でも、一切合財を廃棄する決心まではつかなかったので
年末にもう一度整理する、ということで保留にしてもらいました。

いきなり目の前に積まれた遺品の山に圧倒されたけど、時間がたてば、気持ちも整理されて、捨てる覚悟もつくかな、と思いつつ。

暑い週末でした。

 

2017年07月31日 19:03 |コメント|

分かち合いは筋書のない、アドリブ勝負

今月は、9日に「こころを休憩する会」15日に「自死遺族の希望の会」16日に「福山つゆ草の会」同じ日に「精神科医のこころの相談会」が続けてありました。

それぞれ、色々な方が集まる企画なので、手違いによる失礼があってもいけないし、
特に分かち合いは、来られた方が様々な想いをいっぱいいっぱいに抱いてこらえるので、
1人1人が、異なる想いを語りながらも、1つでも共通した想いが分かち合えてこその「分かち合い」。

いつも薄氷を踏むような緊張感でこの2週間を過ごすのですが、無事に終わるとほっとします。

最近、つくづく思うのは、
同じように会を営んでいても、いつも細かいことでも反省点に気づき、修正していかなくては
いつのまにか主宰者のひとりよがりの会になってしまう、ということです。
ときどき、参加者から会の後にきびしい意見をもらうこともありますが、真摯に受け止めて、
ひとりよがりにならないよう、他の会のよいところを見習うために学びを続けようとも思います。

分かち合いではときどき、
予想もできない、信じられないような人生の悲劇を目の当たりにして、言葉が何も出ないこともあります。
そんなときにはご本人が「結局話すだけで、誰からもよい助言がもらえなかった」と思いながら帰宅されているのでは、と無力さを感じることもあります。

どのような想いがこの場で語られるか、予測ができない「筋書きのないドラマ」。
本当に本当に、色々なことが毎月あります。

今月はボーナスのような祭日が月曜日にあったので、
すっかり力を抜いて、1日家で過ごし、愛犬とたわむれました。
緊張がだいぶほぐれました。

また、明日、来月に向けてがんばります。(無理なく(笑))

2017年07月18日 19:22 |コメント|

6回目の昇天祈念式に想いの変遷を振り返る

昨日(6月24日)、歩美、私の両親、歩美の父方の祖父の合同祈念式を教会で行いました。
祈念式に寄せて、懐かしい写真や動画を編集した動画を作りました。
祈念式に動画を作るのは4回目です。
初めは歩美の昇天1年祈念式。
「歩美が一生懸命生きた軌跡を忘れないで」と訴える想いと涙でいっぱいでした。
2回目は歩美の昇天2年と父の昇天祈念式。
父が生きた87年や家族の歴史を懐かしみ、歩美と亡き父が映っている写真を集め、母の想いを重ねました。
3回目は3年前。歩美の3回目の昇天祈念式。
「こころのともしび」を開業した決意を歩美への想いに重ねました。

今年は、2月に昇天した母のこと、私が生まれ育った家族の歴史に想いを重ねました。

動画を作りながら過去の動画を見直すとその時その時の自分の心境が映し出されて、
自分のためのアルバムを作るようです。

BGMには、亡き母がファンだった さだまさしの「主人公」を重ねました。

「或いは」「もしも」だなんて あなたは嫌ったけど
時をさかのぼるチケットがあれば ほしくなる時がある
あそこの別れ道で選びなおせるならって。。。
もちろん今の私を悲しむつもりはない
確かに自分で選んだ以上 精一杯生きる
そうでなきゃ あなたにとても
とても恥ずかしいから
あなたは教えてくれた 小さな物語でも
自分の人生の中では 誰もがみな主人公

時折思い出の中で あなたは支えてください
私の人生の中では私は主人公だと

こんな歌詞を「今の自分の想いに重ねることができるようになったんだね、私。」
としみじみと感じた昨日でした。

2017年06月25日 20:04 |コメント|

6回目の命日に花を見て考えること

6回目の命日(キリスト教では昇天記念日)の昨日は、たくさんのお花に囲まれた静かな1日になりました。
あゆみの幼馴染のお母さん、大学時代の親友、小さな一歩のメンバー、次女の婚家のお義母さん、、
そして東京では次女夫婦も。
長いつながりの方も、新しいつながりの方も、
歩美のためにお花を下さったことに大きな感謝を感じます。
 

最近、ともしびの庭にあるハイビスカスの鉢から「こどもの芽」が芽吹き、すくすくと育っています。

このハイビスカスは、歩美が暮らしたアパートの遺品整理をしていた6年前の今ごろ、
縁側に小さな苗が置きざりになっていたものを私が持ち帰って育ててきました。

毎年、冬になると葉が落ちるのですが、春には葉が出てきれいな花が咲いていました。
今年は春になっても葉もつぼみも出てきません。
「冬越しできずに死んでしまったのか」と心配して、枝の様子を見てみると、幹の中心は緑で水分が通っており、生きていることがわかります。

「どうしたのかな、生きているなら何とか春の息吹を見せてほしいな」と思っていたら
5月ぐらいから鉢の中から、子どもの幹がぐんぐんと成長してきました。
がんばれ、子ども、そして母の幹もがんばれ、と声をかけながら水やりをしています。

こういう植物のたくましさが私は好きです。
厳しい冬にあって、地上で枯れたように見えても地中で根はがんばって、いのちをつないでいる。

歩美もどこかにいて、魂は静かに生きていて、私たちは「歩美」を「根」として絆を育てていくのかな。
そんな風に思えたのでした。

2017年06月22日 19:26 |コメント|

今日、新しい人生を歩みだす娘へ

今日、6月9日は、私たちの結婚記念日であり、
偶然にも次女の婚約者の誕生日であり、また、次女が今日、婚姻届を区役所に出した「0回目の結婚記念日」でもあります。

昨晩、次女と電話で話して、改めて彼女が自分の新しい人生をスタートさせることを実感しました。
(結婚式は秋なので、漠然と「秋に結婚」というイメージを持っていたため、、、)

これからは、6月が、人生の喜びと悲しみが交差する、一層特別な月になります。

次女のことを思う時にはいつも、苦い後悔や不安がつきまとってきました。
親の離婚、母子家庭、再婚、自分をいつも守ってくれた姉の突然の死、、、
20代前半までに、普通の子どもなら経験せずに過ごせる人生の困難や転機に突然直面させられてきた娘。

色々なことが家族の中で起きるたびに私は、次女の表情や行動の変化に敏感になりました。
いつも、何かを我慢しているのではと、気になってきました。
環境の激変や逆風によって、娘が精神的に混乱し、それが原因で心に困難を抱えた大人になったら
それは、親である自分の責任で、そのつぐないを一生していこう、と覚悟した時も多々ありました。

でも、そんな心配を(少なくとも今までは)吹き消すように、いつも元気で笑っていてくれた。
小さな時から親を心配して言葉をかけてきてくれた。
特に、姉である長女の死後、この娘が足を踏ん張って生きている様を見ていなかったら、
私も「生き続けていかなくてはいけない、死んではいけない」と思えなかったでしょう。

娘に心からお礼を言いたいと思います。

「あなたがいてくれたから、私はいま生きている」。

そして、心から願います。
「○○さん、私の、小さなこの愛娘は、たくさんの涙を飲み込んで笑ってきました。
どうぞ、これからは、この娘が涙を飲みこまずにたくさん笑えるように、一生守ってやって下さい。」

2017年06月09日 20:08 |コメント|