広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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「死にたい」と訴えられたら

思春期の子どもの「死にたい」気持ちが強く、何度も自殺の手段を入手しては未遂(の未遂)を繰り返す、と
訴えの電話が同じ人から何度かかかった。

様子を聞いてみると、「死にたい」という気持ちは、
今自分が置かれている状況が、二者択一しかなく、左に行くのが「正しい道」、でもしんどくて歩く力がない。
右に行くと「楽かもしれない」、でもその道を選ぶ自分が情けなくて許せない。
どちらの道もつらい。だから「もう死んだ方がいい」。そういう気持ちだという。

心療内科では「病名」はつかなかった。また、希死念慮が強いクライアントに対して、心療内科は「腰が引けている」とのこと。


客観的な大人は言うだろう。
「そんなに思いつめなくてもいいじゃないの、左の道がつらいなら無理せず、気を楽にすれば。
人生、いろいろな選択肢があるんだから。左の道で成功しなくても、立派に生きて幸せになっている大人はいくらでもいるんだから」

その声は、本人には理屈でわかっていたとしても、心には届かないだろう。

暗闇で三叉路を見つめるように、二者択一しか見えなくなり、他の選択肢にまったく目がいかなくなる。
「ダメなら生きていても仕方ない」と思い込んでしまう。
周りがどんなに「こっちの道があるよ!」と声をからしても耳に届かない。
 

そんな時、近親者ができることは、とにかく耐え忍ぶしかない。

まず、自宅が高層階にないこと、縄を結べそうな鴨居や梁がないことを確認した。
刃物や火の元はすべて目の前から隠すことを言った。
「とにかく目の前に自殺の手段を入手しないように細心の注意を払ってください。
お子さんなんと言われようと、手段を入手しているようだったらすぐ捨ててください。」まずそのことを話した。

「死にたい気持ちは否定したり責めたりしないで、でも断固として実行させない覚悟を見せてください。
『あなたが死んだら、どれだけ私がつらいか』、本人の心に届かないとあきらめずに語り続けてください。
時として、寄り添う人間の方が気力がなくなって、キレそうになるけど、辛抱です。
歯を食いしばっても感情にまかせた言葉を言ってはいけません。
本人の心の中には、暗い暗い穴があり、その中に吸い込まれそうになる。嵐のような衝動が襲ってきて、
その嵐に身をゆだねた方がいっそ楽だと思っているのです。
その嵐を本人以外の人間が説得して失くすことはできません。
でも、その嵐が去るときが必ず来ることを信じて、辛抱して、備えをして、時を待つしか、横にいる人間にはできないのです。」

そう言うのが精いっぱいだった。
これはすべて、私が娘にすべきだったこと、そしてできずに死なせてしまった後悔からくる思い。
本人の年齢を聞いて、青少年のメンタルケアをしている(はず)自治体の精神保健福祉窓口に相談することを勧めた。

「すぐ来て!私が子供さんの話を聞くから!」と言えない自分の自信のなさを悔しく思った。

どうか、必死の親の思いを「専門機関」がきちんと受け止めて、必要な支援の手を差し伸べてほしいと思う。

2015年05月20日 18:23