広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

人は人の罪を赦せるのだろうか

最近、私の身近で犯罪が起きました。
私は間接的にその被害者です。
容疑者は私に対して「生きる糧になっている」「あなたがいるから死なずに生きている」とまで言っていた人でした。

傷つきました。
人の心が怖くなりました。
色々な考えが頭を巡りました。
「あの言葉は、私を油断させるための手段だったのか」と疑いました。

執着ともいえる愛着を示しながら、ほぼ同時に犯罪を重ねていく行為が恐ろしくなりました。

苦しみました。
警察の調書に回答しているうちに、自分が不確かな言葉で他人を陥れようとしているのでは、
という疑念が生まれてきて自分の記憶が信じられなくなったりしました。

まだ捜査が続いているので、どのような司法的な判断になるかもわかりません。
これからも色々なことを警察に聞かれることがあると思うと、訳もなく疲れます。

ちょうど同時期に教会で「罪の赦し」についてふれる聖書(ヨハネの福音書8章)の説きあかしがありました。
「人を赦す」とはどういうことか、深く考えさせられています。

まだ結論は出そうにありません。

ただ、願わくば、本人が罪を罪として素直に認め、
法の秩序にのっとった罰を受け、こころから償いを終えた後で、
「あなたに罪を定めない」と言える自分になれたらいいなと思っています。

とても難しいと思いますが。

 

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