広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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自死遺族支援は「公人」である前にまず「私人」として

 7月6日の「自死問題シンポジウム」、7月18日には広島県北部保健所で「自死遺族支援のための研修会」と続けて自死遺族支援について話をしました。

 北部保健所の研修会では自死遺族としての自分がなぜ今、自死遺族支援や希死念慮のある人やその危険可能性がある方の支援をしているか、というMyhistoryを話した後、テキストに沿って基本研修をしました。

 今までも何度か自死遺族支援をテーマに話をしてきたけれど、個人的に思うことは、この場に出席している方々が、どの程度現実に「自死遺族」が“わざわざ訪ねてきて支援や相談を求められる機会があるのだろうか”、ということです。
 専門職であれ、民間ボランティアであれ、地域の福祉担当者であれ、日常的に「自死」に直面する機会で一番多いのは、近隣地域や身近な人の周りで起きた「自死」という出来事を間接的に知ることではないでしょうか。

 その時、お仕事などの「公人」である以前に、一個人として、「自死」に対してどういう思いを持つのか。
 直感的にでも、偏見やスピリチュアル的な恐れを抱かないか。

 自死は、事故死や災害死と同様、予期せぬ突然の死の訪れとして悲劇です。
 でも、なぜ「自死遺族支援」だけが独立して論じられるのか。
 それを“個人”としてまず振り返ってほしいと思いました。

 1時間ほどの講義の後、ワークシートを配り、このことを問いかけました。
課題は
「①貴方が住んでいる集合住宅の隣の家の人が自死で亡くなり、日がたってから発見されました。そのことを知った時、あなたは瞬間的にどう感じますか?
②貴方の同僚が上司のパワハラと過労のためうつを発病し、過労自死されました。上司は「あいつは心が弱かったから自死したんだ」とあなたに話かけます。あなたはどう答えますか?
③貴方は借家を探しています。家賃の安い物件が見つかりましたが、不動産屋さんは「ここは数年前に自死があった【心理的瑕疵物件】なので家賃を安くしています」と説明しています。住居内は全てリフォームされ、きれいな状態です。あなたはどう感じますか?
④貴方のお子さんが「結婚したい」と恋人を連れてきました。聞いたところ、親族の複数の方が自死で亡くなっています。あなたはどのように感じ、子どもさんにお返事しますか?」
 グループワークや発表は不要なので、自分自身の心に問いかけて下さい、と話しました。

 どれも、「自死遺族の希望の会」に参加した遺族が、ある時は直接的な言葉で傷つけられ、ある時は「このように思われるのでは」と恐れを抱いて自死を隠す原因になっている出来事です。

 突然の死という悲劇、遺された者の悲しみはは事故死も災害死も同じかもしれない。でも自死遺族を孤立させる「一人一人の個人としての目」。
自死遺族支援を考える人に、まず、自分の心の中を振り返ってほしいと思います。


 

 

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