広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

神様はいつも私に「人生の宿題」というプレゼントをくださる

昨年も押し詰まった12月23日、小さな一歩の活動に突然、新たなミッションが与えられました。
それは、「緊急保護にいかに対応するか」というものでした。
このミッションは目先のことだけでなく、これから長期的に取り組むかもしれない新たな課題に係ることでもあります。

クリスマスの24日から「走りながら考え、行動し、結果を作る」日々が年末年始にかけて続き、
何とか最低限の対応はできました。

「神様はいつも私に素敵なプレゼントをくれる。それは、『人生の宿題』。」

年末年始は、迫ってきた社会福祉士国家試験の勉強が気になりながらも、目の前の緊急事案に取り組んでいるうちに過ぎました。

気が付いたら試験まで1か月を切っている、、、、、

私の人生はいつも宿題に追われている、と思いつつ、何とか緊急事案は一段落したのでこれから試験日までは資格試験の勉強をがんばります。

2017年01月04日 18:23 |コメント|

HNKeテレ「癒えない傷を抱きしめて~自死遺族支える“母ちゃん”弁護士」  

昨日(12月15日)いつも自死遺族支援のために色々お世話になっている佃祐世弁護士がNHKEテレ「ハートネットTV:癒えない傷を抱きしめて~自死遺族支える“母ちゃん”弁護士」で紹介されていました。
この番組は以前、広島局制作の地域番組でも放映されていたので、私が見たのは2度目です。
改めて観て、いつも接している彼女の人となりや誠実な弁護姿勢がそのまま出ていて、
とてもいい番組だと思いました。
彼女のやさしい微笑みや柔らかい口調。遺族のために様々な法的救済手段を練りだす戦略思考。
この両輪が佃弁護士の真髄だと思います。

番組の中の、彼女の言葉
「自死遺族の本当の願いはただ1つ、『もう一度会いたい』。それをかなえてあげることはできない。
でも、できることをすることで、せめて気持ちの整理につながれば、と思ってやっています。
それでどれだけ救われるかどうかはわからないんですけれど、、、、」
亡き旦那様のことについて
「本当にやさしい人で、いつも私のやりたいことを認めてくれていたので、今でも『思い通りにやったらいいよ』と言ってくれていると思う」と言われていました。

社会的貢献度は雲泥の差がありますが、この想いは私にもとてもよくわかります。

そして
(自死の直後の壮絶な苦しみも)「いまはそれさえも愛おしく思えるようになった」とも。

※どれもうろ覚えの言葉なので、正確でなかったらすいません。※


番組視聴の後、「亡き人を想うときの愛おしさ」から、どんどん違う方向に想いが広がってしまいました。

愛おしい、、、亡き人を思う時(自死に限らないと思いますが)「愛追しい」。私の造語です。
「強い愛が後追いする」。いつまでも。終わりはない。

私は娘の生前の元気だった姿を思い出すたび、同時に苦しさも悲しさも蘇ってまう。
楽しい想い出、明るい笑顔を思い出すたび、同時に自死直後の娘の顔が浮かんできて
「どうして、どうして、あんなに元気だったのに」という問いかけが止まらなくなる。

これも愛おしさのひとつでしょうか。

楽しかった出来事を思い出すときは、楽しかった気持ちも一緒に蘇ってきてほしい。
悲しみの色で上から塗りつぶされないで。

だって、私たちはこれからも生きて、新しい想い出を作っていけるけど、娘の思い出はもう増えない。
だから25年分の思い出を大事に、鮮明に、その時の気持ちのままとっておきたい。
家族とも、楽しかったその時の気持ちを封印せず、笑顔で想い出話ができるようになりたい。

まだそれができていないけど。

そんなことまで思い及んでしまいました。

2016年12月14日 11:38 |コメント|

がんばっているつもりでいても気づかないほころびがそれを台無しにする

時々、たまらなく、いたたまれない気持ちになる出来事がある。

分かちあいや、こころのともしびで傾聴をしている中で、
目配り気配りが行き届かず、
複数の人が集まって話をする場で、ある人の言葉や態度(本人には悪意はないのだが)が
知らないうちに他の人を傷つけてしまうことが起きたり、
複数の人に同時に対していると、1人の人への気持ちの傾け方が中途半端になることもある。
運営や進行に気持ちが傾いてしまって、本当はもっと話をしたい人の話を時間切れで聞けないこともある。

自分の目が背中にもあり、手が8本くらいあり、頭も口も4つぐらいついていたらいいのに、と思う。
というより、自分が365日休みなく4人くらい同時に動ければ起きないのかと思う。

それ以前に、注意深さや丁寧さが足りない自分の性格が情けなく悲しくなる。

不満を持った人もその場では言わない。
帰ってから、怒りや悲しさを伝えてくれる人は親切だ。
何も言わずに去っていく人の方が何倍も多いと思うと、いたたまれない。

分かちあいには、不満やトラブルを起こさないことを重視して
色々な制限や禁止事項をはじめから設定し、余計なことをしない、というところもあるけど、
小さな一歩では、自由で、低い垣根の場にしたいと思って、なるべくフリーな状態でやっている。

考えが甘いのかな。

やってもやっても、いや、やればやるほど、出来ていないことに打ちのめされる。

 

2016年12月12日 21:35 |コメント|

辛さや不安は本人の尺度でしか測れない

先週、目が痛いので眼科の診察を受けたのですが、
偶然、目の痛みとは別に、検査結果から緑内障の疑いが指摘され、
今週精密検査を受けた結果、中期の緑内障であることがわかりました。

緑内障とは、中心視力で見える視野の範囲が白濁して失われていき、視界が狭くなる病気です。
私の両目は、視野の上半分がすでに失われている、という結果でした。

緑内障の「視野が失われる」とは光を感じ取れなくなる=暗黒 というのではなく
例えると、今の自分の視野の上半分に白い遮光カーテンがさがっているような状態。
コンタクトレンズに例えると「レンズの上半分の白濁汚れのために、全体的に物の輪郭がぼやけて見えている」状態。

ああ、病状が悪化すると、視界全体に遮光カーテンがかかって真っ白になるのだろうか、、

全く自覚症状がないまま、ここまで進行していたことや
失われた視野の回復はできず、今後はこれ以上の進行を食い止めるための治療が必要だということ
(つまり、治療をしないと、失明までいってしまうこと)など、
予期していなかったことが突然やってきたため、心がとても動揺し、落ち込みました。

「緑内障の9割は自覚症状がないまま進行し、気が付いた時は手遅れの人が多い。
偶然、今の時点で見つかったことはラッキーだったよ。今から治療すれば失明する可能性は低いからね。」
とやさしい眼科医に励まされ、
「ともしび」の人々にも、知り合いの緑内障の人が、ふつうに日常生活を送っていることなどを教えてもらい、
随分力づけられました。

でも、それでも。
1人の時間には気がつくと、今後自分の目がどんなふうに悪くなっていくのか、失明しないのか、失明までいかないにしても、進行したら「あれもこれももうできなくなる」「ほとんど社会生活が不可能」と黒雲のように湧いてくる不安を抑えることができません。

ネガティブスパイラルに入っちゃだめ、前向きに治療に取り組めば大丈夫、と励ます自分の声もあるけど。
この程度の病気でめげてはだめ。もっと苦しい想いを抱えている人はたくさんいるんだから、と自分を戒める気持ちもあるけれど。
全部わかっている、わかっているけれど、すぐにはそのすべてをすんなりとは受け入れられない。

自分の身を振り返って、改めて、困難な気持ちになった人への声掛けの難しさを実感しました。

良かれと思ってかけられる励ましの言葉でかえって傷つくこともある。。。。
他人には「大したことじゃないよ、よくあることよ、気にしない方がいいよ」と思えることもその人にとって、辛いことは辛いし不安は不安。
辛さや不安には客観的な尺度はない。本人にしかわからない。。。。。

カウンセリングで何度も教わったことを自分自身で実感する日々です。


 

2016年12月04日 16:02 |コメント|

高橋まつりさんの過労自死について思うこと

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電通社員の高橋まつりさんの過労自死に関する一連の動きを各メディアで見聞きするたび、心が痛くなりましたが、先日、母親の幸美さんがシンポジウムでお話しになっている姿をテレビで見たときは、胸をしめつけられるような、苦しい想いがこみあげました。

まつりさんの遺書に書かれていた最後の言葉
「大好きで大切なお母さん、さようなら、ありがとう。自分を責めないでね。最高のお母さんなんだから。」
を目にしたときは、泣いてしまいました。

死を決意してもなお、遺されるお母さんへの思いやりの言葉を紡いだ、本当にやさしい心の持ち主であったまつりさん。

最後の言葉に対して、幸美さんが何を思い、何を決意したのか。

自死遺族はそれぞれに1人ずつ違うので、私が勝手に想像しているに過ぎませんが、
全ての事柄や自死の原因になった関係者への怒りと、娘の遺恨を晴らしたいという決意は並々ならないものがあったと思います。
記者会見の時の幸美さんの、決意に満ちた強いまなざしと、固く結ばれた口元がそれを物語っていました。

「命より大切な仕事はない。」本当にその通りです。

いまや非難の的になっている電通鬼十則「取り組んだら放すな、殺されても放すな」は
正しくは
「仕事が手に入って会社が儲かれば、お前が殺されようが死のうが会社は全然構わない」です。
そう言えば、誰がこの言葉に従うでしょうか。

我々の社会では「死んでも○○」という言葉が安易に使われています。

「死んでも放さない」「命に代えてがんばる」・・・死んだら何もつかめません、死んだらもう二度とがんばれません。

「死んだ方がまし」・・・死の後には、なにもいいことは起きません。

この、単純なことを、経営者も社会全体も、そして1人1人が刻んでほしいと思います。
やさしい人が心を患い、その患いのために生きる選択をする力が枯れてしまう前に。

2016年11月11日 18:36 |コメント|

小さな一歩は「宗教団体」ではありませんよ

小さな一歩の活動を始めてから、幾度となく「宗教活動ではありませんよね」「宗教の勧誘はありませんか」
と聞かれ続けてきましたが(苦笑)
ある方から「こころのともしびに知人を誘ったら『あそこは宗教団体だから行かない』とはっきり言われた」
と聞き(^^;)「またか、やれやれ」という気分になりました。
どうも、「宗教活動→カルト集団や詐欺集団。行くととんでもない道に引き込まれる」というスティグマは根強いようです。

改めて明言しますが、
「小さな一歩の活動も、『こころのともしび』も一切の宗教活動はしていませんのでご安心を」。

このような声があがるのも、小さな一歩が活動当初から、分かち合いを「日本基督教団 広島教会」に会場を借りているからでしょう。
(そういえば、「日本基督教団って何教の宗教ですか」と聞かれたこともありました(>_<)。
基督=キリストです。日本基督教団は国内最大のプロテスタント系クリスチャン教会の連合(?)です。
詳しくは→ http://uccj.org/history
米山自身が、娘の自死をきっかけに、この広島教会と出会い、牧師先生や教会員の厚意によって、「分かち合い」の会場を無償でお借りしたところから、このおつきあいが始まっています。

キリスト教には「人は死によって永遠の命が新たに天国で与えられる。
先に行った人は後から来る私たちを見守っていてくれて、天国の入り口でまた再会できる」
という基本的な死生観があります。
娘がいまも私の日々の活動を見守ってくれている、そしていつか必ずまた会える。
これが私の活動のエネルギーになっています。
だから、個人的には、キリスト教信者であります。
(ここで「ほら、やっぱり宗教とつながっている。怪しい」と思われる方はご自由に)

そしてそれはどの宗教でも、また、特定の宗教を持たなくても、
多くの人が共有している想いではないでしょうか。

話は飛びますが、
広島カープの優勝パレードと優勝報告会が昨日あり、その前後に中国新聞では「カープファンだった故人を偲び、優勝の喜びを報告する」人々の姿が特集されていました。

亡くなった人との心のつながりを大切に生きていきたい。それは人間として自然な愛情だと思います。
そして、その愛情につけこんで、巨額のお金を巻き上げたり生活を破壊する一部のエセ宗教団体の存在は本当に迷惑であります。

2016年11月06日 19:01 |コメント|

「どうして広島東洋カープはこんなにも人生そっくりなんだろう。」

 広島カープのリーグ優勝が決まってから1か月、多くの「カープ本」が書店に並び、優勝までの道のりを多くの方が語っていますが、その中で、私がじ~んとして、「そうだよね、そうなんだよね」と思った文章が
「Number」911号「広島優勝特別号」の西川美和さんの巻頭エッセイでした。
全文を紹介したいのですが、一部を少し引用します。

『どうして広島東洋カープは、こんなにも人生そっくりなんだろう。』

「(球団の)重苦しい歴史こそが、「愛される物語」としての旨味を増させ、地元以外にも伝播していくことになった。(中略)この地方球団の優勝までの道のりを全国が温かく見守ったのも、人を惹きつける強い物語性があったからだ。
しかし、「ついに物語が結ばれる」のは昨シーズンの話だった。(中略:黒田投手、新井選手の復帰、前田健太投手の最後の年)15年続いたBクラスを脱出し、二年連続CS進出からの三度目の正直。物語の駒は完璧にそろったのだ。
こんな奇跡がめぐり合わせた年。金環日食?ハレー彗星?とにかく今年を逃せば優勝はない、と熱に浮かれたように始まった2015年。しかし大きすぎる期待は大きく空を切ることになる。
 また、23年待たされる_ と天を仰いだのは10月7日の最終戦。(中略)優勝ばかりか三位も取り逃がし、音もなく幕は閉じた。見上げれば彗星の尾っぽはどこにもなくなって、空はまた真っ黒く塗り固められていた。

 どうしてカープはこんなにも人生そっくりなんだろう。ミスを繰り返す。チャンスは生かせない。
 不甲斐なくくすぶり続けても泣きつく場所もない。そんな自分を重ね合わせて泣いてしまいそう。
 けれど、全国で赤いユニフォームを着る人々もまた、がんばれがんばれカープ!と叫びつつ、
 自分自身を奮い立たせているではないか。
 なぜなら、凡そ人間は本当は「持って」などいないし、どんな立場であれ、
 自分の弱さに歯噛みしているからだ。


 そして人生はやはり、物語のようにはいかない。さよならマエケン。ありがとう黒田さん。私たち、次の夢を見るまでちゃんと生きていられるかしら、と塩辛い喉をごくんと鳴らした。

 しかし、彼らは物語を続けようとしていた。(中略:カープの今年の快進撃はファンの皆さん、ご存じのとおり)

 「物語」は在るものでも、出来るものでもない。必ず人がつむぐものだ。神様は降りてきたりしない。人間が手を引っ張って、連れてくるものだ。(中略)どんな優勝にも必ず語られるべき物語はあるはずだ。けれど25年ぶりに私たちが胸に焼けつけたのは、9回裏3アウトの瞬間ではなく、常に指揮官の両隣に建って声を出し、身体を張り、若手とベテラン、投手と野手の壁を取り払い続けた41歳と39歳のおじさんが抱き合って子どものように泣いている場面だった。
 神は、彼らが自分で連れてきたのだ。ありがとう。ぼくらのカープ。」
 
全文を読みたい方はぜひ 書籍で http://number.bunshun.jp/articles/-/826497

 全国12プロ野球球団に多くのファンはいますが、1つの球団と自分自身の人生と重ね合わせて物語をつむいでいくファンの数はカープが一番だ、と思ってしまう私です。
 そして、私もまた、そんな物語に自分を重ねる1人であります。

 昨年のくやし涙がなかったら(そしてそのくやし涙が自分自身と重なって胸に迫るから)、今年、これほどの喜びはあったでしょうか。

 神様からもこんな言葉があります。
 「涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。 種の袋を背負い、泣きながら出ていった人は
  束ねた穂を背負い喜びの歌を歌いながら帰ってくる。」(旧約聖書詩編126編)

 

2016年10月28日 18:44 |コメント|

死んだ人の命の意味は生き残った人に託されている

先日(10月8日)、岡山「生と死を考える会」のお招きがあり、50分ほどの講演をし、その後、「身近な方を亡くした方」との分かち合いに参加させていただきました。
講演の題は「自死遺族として自死防止のためにできること」です。

50分話す、というのは講演の素人の私としては結構な重労働なので、一応台本を作ろうと思い、
過去の講演や新聞への投稿記事を参考にしようと、読み直してみましたところ、驚いたことがあります。

それは3年前のものですが、なんと、肩に力が入った、優等生のような話だったことか!

活動を始めたきっかけとして「ネガティブな思いを、前向きなエネルギーに変えようと活動を始めた」とか
「自分にいただいた好意を多くの人に伝えて」とか「悩む方の救いになれば」、、、使命感に満ち満ちた内容でした。
3年前の自分は「負けないぞ、負けないぞ」とこぶしを握り締めていたのだな、と自分に赤面しました。

今回の講演では、そんな使命感に満ちた思い込みではなく、単純に自分の内なる声を思い出してお話しをすることができました。

死後1年ほどたった時、ある文章を読んだことをきっかけに、
娘は私に何かを託して逝ったのだろうか、私は何を託されたのだろうか、
託されたものを探すところから、白紙になった自分をやり直してみようか。
そんな単純な、内なる自分のためのスタートだったのです。

「生きている人は僕たちに向かって「そうだ」とも「そうでない」とも言ってくれるが、死んだ人は何も言わない。
だからこそ、死んだ人は全てを生き残っている人に託している。
生きている人は死んだ人の全てを受け取るように死んだ人から期待されているのである。
それだから、死んだ人はしばしば生きている人の誰よりも、人を動かす。
生きている人に応えようとして動く人は少ないが、死んだ人に応えようとして動く人は多い。
なぜなら、生きている人の命は本人のものだが、死んだ人の命は生き残った人たちのものだからである。」
(岡 知史「知らされない愛について」より抜粋)

そして今もその途上であります。

よく、「小さな一歩は次々に色々なことを手掛けますね」と言われますが、それはまだ私が、娘の死後の人生を模索しているからだと、改めて思うのです。

この、内なる模索につきあって下さっている方々に感謝です。

 

 

2016年10月10日 11:25 |コメント|

17日「生きづらさを分かちあうフォーラム」

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昨日(9月17日)の「自死問題フォーラム ~生きづらさを分かちあうフォーラム~」ではたくさんの方に来ていただき、なんとか無事に終えることができました。
久しぶりにお会いする方、初めてお会いする方、いつも「ともしび」に来てくださっている方、、、、
壇上に挨拶に立ったときに、たくさんのお顔が見えて、
また、念願の再会を果たせた藤藪先生のお顔も見えて、涙で声が詰まってしまいました。

ばたばたと走り回っているうちに、時間が足りないほどで、本当は1人1人の方に感謝の言葉を言いたかったのに十分なお話しもできなかったことが残念です。
また、1部の藤藪先生の講演、2部の当事者発表の部 ともに、ご登壇者の熱いこころがあふれるお話しでした。
時には、それぞれの方が抱える辛さの重さに、聞いている私の胸が押しつぶされそうになるほどでした。

それぞれに熱のこもった講演ゆえに、時間が押してしまい、
第3部の分かち合いで時間が十分にとれず、多くの方に参加いただきながら駆け足の展開になってしまいました。
話したいことが十分にお話しできなかった方もいらしたと思います。
時間進行に不手際がありましたことをお詫びいたします。

色々行き届かなかったことがあったので、主催者代表としての自己採点は60点くらいです。


藤藪先生のお話しをお聞きし、
これほど多くの方の命を救い、生活の再生に全身で打ち込んでおられる先生でも、ふとした一言で救えなかった命があることをとても悔んで、心を傷めておられることに、心が打たれました。
また、命を預かる仕事とは、そのように、山ほどの自責や反省の積み重ねだと。
先生ほどの方でも、17年間、その積み重ねの連続で、いつも自問自答していること、
活動そのものが、そのとき、できることをちょっとずつ重ねてきて今があって、今は白浜町のいろいろな機関が役割分担の体制を整えて自死防止に取り組んでいることも知りました。

先生のお話しの中で何度か聞いた「一歩一歩ずつ」という言葉が「小さな一歩」と重なるようでうれしくなりました。


半日、力いっぱい、フォーラムの運営を手伝ってくれたスタッフの皆さん。
広島弁護士会、全国自死遺族支援弁護団の皆様、特に秋田先生、佃先生。
開会の挨拶にご登壇いただき、最後までフォーラムを聴いてくださった、為末会長様。

皆様に感謝します。

2016年09月18日 18:21 |コメント|

引きこもり対策は30代まで?

昨日(9月8日)の中国新聞に、内閣府調査発表による、「全国の引きこもり54万人」という発表が掲載されていました。
また、記事の冒頭には2010年の調査に比べて15万人減った、としながら
ひきこもりの長期化(7年以上が35%)や、30代後半から引きこもりになった人の割合が倍増していることなどもあげられています。

この記事を見て、まず、調査対象が30代以下であることに違和感を覚えました。
新聞の解説にも、40代以上が対象でないことで、引きこもっている人の全体像が見えないことが指摘されています。

内閣府が推計値を出すために調査を行う、これはつまり「ひきこもり対策費を予算化するために、ニーズのボリュームを明らかにする」ことが意図です。

裏返せば、「40代以上の引きこもりの人は『援助想定外』」を初めから決めての調査です。


「こころのともしび」を始めたとき、利用者の中心層が40代~50代になるのではないかと想定しました。
30代までは「若者を経済的に自立させること」を最終目的として、様々の自立支援や就業支援の枠組みがあります。
高齢者には「介護保険」を軸として、地域での生活支援や見守りがあります。

人生で最も、色々な岐路に立たされ、家庭や職場で役割が重く、多くの人間関係の中で板挟みになる40代~60代前半に対しては、生活困窮者や心身の障害など、明らかな事由がある場合を除き、サポート先がないからです。

実際に、「こころのともしび」に来られる方は、この年代の方、福祉や医療の手が差し伸べられるかどうか、のグレーゾーンにある人が多いのです。
40歳までひきこもりと非正規労働を繰り返し、「今からではどうにもならない」と無力感を持っている人も多い。

また、一方で、子どもがひきこもりの生活を送っていることを悩み、訴えるこの世代の親御さんの多くはこう言います。
「いまのうちに(20代まで)何とかしないと、自分たちが歳をとって支えられなくなった時に、子どもが路頭に迷ってしまうのでは」と焦り、子どもさんを急き立ててしまっている人も少なくありません。

そんな、割り切れない理不尽な想いを持っていた私には、「39歳で【頭切り】の政策意図、いかにもお役所仕事、という感じがしてなりません。

 

2016年09月09日 19:46 |コメント|