広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

朝日新聞で紹介されました。

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3月末に、小さな一歩の活動について朝日新聞 広島総局の取材をいただきました。
その記事が昨日、掲載されました。

2016年04月15日 14:24 |コメント|

勇気づけの言葉は人のためならず

タイトルの言葉、「人のためにならない」という意味ではありません、「他人のためでなく、自分のためになる」という意味です、あしからず。

昨日(4月10日)の「うつ症状のある方またはその家族の分かち合い」では今までと
ちょっとやり方を変えて、
「こころのともしび」の個室傾聴で相談を受けた話で、私自身が答えが出せなかった事例を
具体的に個人や関係先が限定されないような話にして、
出席者の方に「あなたならどうしますか」と問いかける時間を設けてみました。

相談事例と似たような立場で悩みを抱えている方が多かったためか、
意外なほど、具体的で力づけられる助言が活発に出て、勇気づけられました。これはうれしい誤算でした。

「分かち合い」は、基本、「自分自身の気持ちや悩み」を話す場所ですが、なかなかうまく語りだせない人も少なくありません。
しかし、客観的な立ち位置にたつと、物事を冷静にとらえて考えることができるようになります。
今回もまさにそのようでした。

話してみて、自分自身が個室傾聴の時に、相談者のあきらめ、「無理、できない」という
気分に知らないうちに引き込まれて、
一緒に無力感を共有してしまっていたことに気づかされました。
相談者の代弁者として、分かち合いの出席者から激励されたような気持ちになりました。

これは推測ですが、発言してくれた出席者それぞれも、架空の他人のために一生懸命「よい方向」を考えて
発言したことが回り回って、自分自身への励ましとして持ち帰れたのではないかと思います。

大きな手ごたえを感じた1日でした。

この方法を、これからも試してみようかと思います。


 

2016年04月11日 17:50 |コメント|

他会の分かち合いに参加して心新たにしました

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 3月は、小さな一歩以外の「自死遺族の分かち合い」に招かれることが多く、
 3か所で、小さな講演をし、分かち合いに参加しました。
右の写真は3月12日に「岡山市こころの健康センター」に招かれた時の山陽新聞の記事です。

 分かち合いも主催者が違うとそれぞれに違う空気があり、また、初対面の遺族との分かち合いは、いつもの「小さな一歩 自死遺族の希望の会」とは違う緊張感がありました。

 でも、どの会でも、その場を必要としている方の深い想いにふれることができました。
 いつも新たな気持ちでしているつもりでも、自分の会だと、知らず知らずのうちに「慣れ」が生じていたことも改めて感じました。

 2月、3月は他会への参加が続きましたが、自分の気持ちを改めて引き締めるためにとてもよい機会をいただいた、と思っています。
2016年03月28日 18:35 |コメント|

ある「こころ」の雪解け

先週土曜日、自死遺族の分かち合いに初めて参加した方。

2年前に知り合い、定期的にお宅に訪問し、2人だけで自死遺族の分かち合いをしてきました。
その方は、ご自身の心的事情のために、外出して人と会うことができなかったからです。

何度か「分かち合い」への参加もお誘いしてみましたが、
その都度、「初めての場所に行って、他人と話すこと」への緊張で体調が悪くなり、間際になって
「やっぱり無理」と言われてきました。
無理に誘って心の負担になってもいけないと思い、距離をおいてみました。
ちょっとご無沙汰だな、と思っていた矢先の先日、
参加してみたいとの連絡があり、初参加となりました。

分かち合いは2時間。行く前は、「緊張と不安で、途中体調が悪くなったら」と不安になったので
「2時間を通して、その場に居ること」をとにかく目標にしましょう、しんどかったら帰っても構わないのだから、と話し合っていました。

分かち合いの間はほとんどご本人はお話ができなかったけど、
時々声をかけると「大丈夫です」と笑顔で答えてくれます。

気が付いたら、4時間、会合の場所で同席することができていました。
本人もそれが一番の驚きであり、喜びのようでした。

根気よく声をかけ続けてよかった。

小さな一歩の活動が、この方にとっての「こころの雪解け」になってくれたらいいな、と祈ります。

2016年03月21日 12:12 |コメント|

自死遺族の心の回復にハッピーゴールを決めるのですか?

先日、あるサイトで「自死遺族専門カウンセラー」という肩書の人の書き込みをたまたま見ていたら、
自死遺族の「こころの回復」に向けたプロセス、というものが書かれていました。

「否定」→「怒り」→「受容」→「生き直し」と辿って行くように導き(ここはよく本でも書かれている)、
最後には
「自死という辛い経験はしたが、それ通して、(結果的に)自分が新たな人生を探し出した。
そこで、『結果的には、新たな人生を始めることができた』、つまり『よりよい人生に導かれた』と思えるようになるのがカウンセリングのゴールだと書かれていました。

ハッピーエンドを目指すなら確かに正しいのかもしれない、心理学的には100%の成果なのかもしれない。

でも、私の心は、理屈でないところで、その結論を拒否します。

私も、娘の自死をきっかけに、それまでの人生でやったこともない「新しいこと」を始めました。
出会うはずのなかった、多くの方の多くの人生に出会うことができた。
感謝されたこともある。

でも、なぜそれをやっているか、という根源には「死にたくても生きていなくてはいけないから」という想いが今もある。
死んでしまいたい、と思いながら過ごした時期にも「自死」がどれだけ遺された人を苦しめるか、いやというほど知っているから「自死」はできない、してはいけない。
でも、以前と同じ自分には、もう帰ることができない。それまでの人生の道は断裂してしまった。

身体が命を消すまで、いやでも生きていけないなら、その間何に時間を費やしていたらいいのだろう。

そんなことを考えるところから「小さな一歩」は生まれているのです。

「娘の自死がなかったら歩まなかった、新たな人生が充実している」なんて、絶対思えない。

もし、タイムマシンができて、娘がビルから飛び降りた前の日、
薬をたくさん飲んで、病院に運ばれた夜。いや、その日の朝でもいい、戻れるなら、迷わず戻る。

そうしたら、ここで「小さな一歩」ホームページのブログに書き込んでいる私は存在しないだろう。
活動を通じてお会いしてきた方との出会いや語らいも全ては「なかったこと」になるだろう。

でも、私は迷わずそちらを選ぶ。申し訳ないけど。

自死遺族の気持ちはそうではないだろうか?

足を引きづるように生きる人生をどのように歩むのか?

その気持ちを理解せず、「よき成果に導こうとする」カウンセリングなら私は受けたくない。


 

2016年03月18日 18:54 |コメント|

色々な形で生まれる自死遺族同士のつながり

先日、某市の精神保健福祉課のお招きを受けて、
その市が開いている自死遺族の分かち合いに、ゲストで参加しました。

30分くらい、小さな一歩の活動や、自死遺族としての米山の想いなどをお話しをし、
その後、遺族の方々と分かちあいの席を囲みました。

私は初めてお会いする方々ばかりですが、その会には何度か参加している人が多かったので
最初は、手探りで話合いが始まったのですが、
だんだん打ち解けてきて、話も涙も惜しみなく分かち合うことができました。
気が付いたら当初予定の1時間を大きく超え、2時間の分かち合いになりました。

その市の分かち合いは、遺族の設立ではなく、市の担当者が司会進行をしています。
ときどき、参加する遺族が少なく、分かち合いとして成立しないことがあり、
広報に出して、問い合わせで「遺族の方は何人ぐらい来られるのですか」と問われても
確信を持った答えがだせない。
担当の方はそのことを悩んでいました。

しかし、分かちあいの最後に参加者から
「私もなんかの形でお返しをしたいと思っていたので
私が参加すれば遺族同士としての分かち合いが成立するなら、毎回参加してもいいですよ」
と最後に申出があり、担当者の方も、そこに同席していた遺族も大歓迎でした。

遺族が作る自助グループもありますが、
このような形で“自助的なグループ”が生まれ、遺族がより参加しやすくなるといいな、と
気持ちのよい想いで会場を後にしました。

2016年03月13日 17:56 |コメント|

自分のことばかり思い出してしまう3月11日

毎年3月11日に思い出すこと。

大震災が起き、津波が押し寄せた時間帯に仕事中で事態の深刻さを知らず、千葉にいた次女からの電話で知り、
夕方のテレビの画面で声も出ないほどの衝撃を受けたこと。

帰宅した今は亡き長女が、職場でニュース画面の動画に映っている人が、目の前で津波にのまれていく様を見た、と
「かわいそうに、かわいそうに。」と、何度も何度もつぶやいていたこと。
その後、死者行方不明者の数が増えていき、助かった人のインタビューを見ながら
「いのちって大事だよね」と何度も何度も言っていたこと。

その娘が、3か月後に自ら命を絶った。

大震災の被害の状況、多くの家族を失った人のインタビュー。
家や仕事も失い、途方に暮れる人々。
娘亡き後も、胸の痛くなる姿が毎日のように報道されていたが、
私はテレビも新聞もほとんど見る気力がなかった。
福島原発の事故や事故処理のことも、ほとんど見ることがなかったので、詳しく知らない。

ただただ、
「痛ましい大震災で多くの家族を失い、家も仕事までも失った人が何万人もいる。
そんな中で、自分なんかが『苦しい』『辛い』なんて言う資格はないのではないか」

「生きたい人、生きていくはずの人が突然亡くなってしまうことを、あれほど痛ましく感じ取っていた娘が、
自分の命は、なぜ大切にできなかったのだろう」

大震災で亡くなった人や遺族に対して、
自分でもなぜだかわからない、「申し訳ない」ような気持ちで、そればかりを考えてその年を過ごしていた。

毎年、この時期に、報道で東日本大震災についての特集があると、
どうしても自分は「2011年」という年をそのようにしか思い出せない。

人間は身勝手なものだとつくづく思う。

2016年03月11日 18:18 |コメント|

なんて下手くそなんだ!!

2月21日に講演した青森県主催「こどものココロを聴くために~人と人とのつながりを考えるフォーラム」
の全編が【IWJ中継市民チャンネル 青森Ch1】に動画でアップされました。

自分が話している姿を動画で(全部)観たのは初めてです(^_^;)

はっきり言って「話すの、へたすぎ!!段取り悪すぎ!話のまとまり悪い!!」

赤面赤恥ではありますが、反省の意味も込めてあえて白日の下にさらすことにしました(~_~;)

滑舌悪し、でも想いはこもっております。
私の後に登壇された渡邊先生、梅田先生のお話しはとても素晴らしいものであります。


【IWJ中継市民チャンネル 青森Ch1】
http://www.ustream.tv/recorded/83608502
(途中cmが入ります。米山の講演は冒頭6分~45分くらい)
2016年03月07日 17:14 |コメント|

不思議なご縁がつながって青森で講演しました

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先週末の日曜日、青森いのちのネットワーク」主催
「こどものココロを聴くために~人と人とのつながりを考えるフォーラム~」に招かれて、
はるばる2泊3日の旅で青森市まで行きました。

きっかけは、「こころのともしび」で隔月、「精神科医のこころの相談」を担当いただいている渡邉直樹先生がもともと、青森県精神保健福祉センターの所長として自死防止活動にご尽力されていて、
今も青森県や東北地方の諸団体と連携し、自死防止活動や、東日本大震災被災者の方の「心と体の健康」サポートのために積極的に動かれている、
その先生が、広島で浅田病院に勤務されておられた。そして「こころのともしび」の活動を知り、ご縁をつないで下さった。

なんと、人と人のつながりとは不思議なものでしょう。心を同じくする人のつながりは地理的距離を軽々と超えてしまうのですね。

フォーラムでは、小さな一歩の今までの歩みを40分くらいお話ししました。
最後に、
「心に苦しみがある人を支える家族。家族も心が行き詰ることがある。
その行き詰まりを支える、地域の活動団体や身近な人々。
その人たちも、当事者や家族を支えられないジレンマや、自分の能力力量の至らなさに行き詰ることがある。
その人たちの、行き詰まりを支える、地域にいる福祉や心理の専門家。
このように、『行き詰まりへの支え』が複層化することが大切なのではないでしょうか。
誰も「一人で抱える」ことがないように。」とお話ししました。

これは私の心からの実感です。
小さな一歩の活動、こころのともしびの運営をしながら、自分の心がパンパンになっていることがあります。
先日、塩山先生の指導を受けたときに、
先生の一言で、「がんばらなくてはいけない」と固くなっていた肩の力が抜けて、ふっと心が楽になった経験があります。

渡邊先生の、実証データに基づく「自死対策」の講演はわかりやすく、説得力があり
梅田先生の被災地仮設住宅での健康見守り活動、そのきめ細かさや自治体職員の方の熱意には感動しました。
そして会場のみなさんとの体操も、ほほえましく楽しいものでした。

フォーラム後、またその翌日、とても手厚いおもてなしをいただき、
北国の方の温かいこころにふれた3日間でした。

広島に他県の方が来られたときも、同じ想いをして帰っていただけるようにしたいな、と心から思いました。


 

2016年02月24日 16:45 |コメント|

振り返ればたくさん歩いた4年間。カウンセリングスクールの卒業式

先週土曜日(2月13日)は、4年間学んだ「広島カウンセリングスクール」の卒業式でした。

一般コース(1年)は、心理学やカウンセリングに関して幅広く知識を学び、簡単なロールプレイまで、
専門コース(3年)は、一般コース卒業生が20人程度のゼミ形式で、
毎回1~2人分ずつ、
実際に行った試行カウンセリングの音声記録を聞きながら逐語録(一言一句まで記録したもの)を検討し、
それぞれのカウンセリングの長所と短所、改善する点などをディスカッションし、
最後に指導教員から、その日の事例についての評価と、そこから「カウンセリングの注意点、ポイント」を学びました。

なんとか卒業し、「HCS ライフコース・カウンセラー」の認定資格もいただくことができました。

私の同期生で卒業したのは17人。
卒業式では、自分が行ったカウンセリングのこと、
試行カウンセリングの協力者が見つからずに焦り、悩んだこと。
仲間の前で検討されながら、赤面したり、反省したり、自己嫌悪に陥った想い出などを語り合いました。

4年前の春を思い出していました。

2012年の春、娘を亡くして8か月くらい経った頃、中国新聞で「カウンセリングスクール」の生徒募集の記事を見ました。
その頃、私は漠然と、「自分も何か、自死防止や自死遺族同士の支えあいのような活動をしたい」と思っていましたが、
それまでの人生で、ボランティア経験はゼロ、福祉も心理学も大学で薄く学んだ程度で、ずぶの素人でした。

「自分は何もできない人間だ。。。」と無力感に打ちひしがれていた頃でしたから、
「まずはこういう勉強からしてみたらいいかもしれない」と思いながら、
その時の自分には、心身ともに、やり切る自信がなく、
「無理かな、無理かな、。。。。」と悩みながら日々を過ごしました。

「途中で挫折するかもしれないけど、まずは何か始めてみよう」と決心して、申し込んだのは開講の直前でした。
その頃の私には、4年先など、全く見えず、自分が4年間も学びとおせるなど、全く想像もできませんでした。

その後、私の回りでは本当にいろいろなことが展開しました。
ただただ、手探りで過ごした4年前は、気が付けばあっという間でもありました。

でも
4年前の春に恐る恐る始めた、広島カウンセリングスクールでの学びがなかったら
「小さな一歩」もないし、「こころのともしび」もこの世にないのだ、と振り返ってみると
「気が付いたらずいぶんたくさん歩いたな」としみじみ思える道標でもあります。

 

 

2016年02月16日 11:48 |コメント|