困っている人は「何を助けてくれるか」ではなく「誰が助けてくれるか」を求めている
一昨日(1月20日)、広島弁護士会館で開催された「伴走型支援とは・・・今後の刑余者支援について」(主催:公益社団法人 広島県社会福祉会 広島県地域生活定着支援センター)の講演会では、北九州市の「認定NPO法人抱樸」代表 奥田知史氏の素晴らしい講演を聴くことができました。
「認定NPO法人抱樸」の活動はとても紹介しきれないのでHP(http://www.houboku.net/)
専門職を中心とするチームによる弱者支援の限界をストレートにつき、
市井のボランティアや地域の人々による「伴走型支援」について熱く語られました。
心に残る、というより心に刺さる言葉がたくさんありました。
「抱樸とは、困窮している人を『荒木・原木』のまま抱き止めることだ。
“申請主義”の日本では、とかく困っている人を「なんだもっと早く相談しなかったのか」と自己責任化する。
困っている人は自分から相談できない。勇気がいるし、公的窓口が細分化されすぎて、どこに相談していいかわからない。本人が自分の危機に気づいていないことも多い。
「あなたは何がしたいの?」と聞いても自分のしたいこと、できることがわからない人が多い。
そんな人たちを「原木のまま」抱きしめることだ。原木だから抱く者は時には傷つく。絆は傷を含む。」
「専門家主導の支援を『太い数本のロープ』だとしたら、伴走型支援とは『多くの細い紐』で支えることだ。
“質より量”が大切。なぜなら、たくさんあれば、何本かの紐が切れても、他の紐でつながることができる。その関係性の多さが大切だ。これを『LKPS』(Light key persons)と呼ぶ」
「生活困窮者は2つの困難を抱えている。1つの“経済的困難”は生活保護で助けることができる。しかし、もう一つの“社会的孤立”(人とのつながりがない)は生活保護では解決されない。
「困っている人には『この人には何が必要か』だけでなく『誰が必要か』を考える。
危機が生まれた時、『助けて』といえる誰かがいること。資格とか、専門職とかは関係なく、一緒に動いてくれる人がいること。『この人が助かるなら、何でもいい、と考えられる人がいることが大切だ。すぐに問題が解決できなくても、“困ったときに相談できる関係性”をつなぐことが大切だ。」
「支援する側とされる側が一方通行になるのではなく、『相互多重型支援』が求められる。
支援された人が“されっぱなし”でなく、別の人の支援に参加する。『助けながら助ける』お互いが気持ちのいい想いをする。そこに“居場所”と“出番”がある」
断片的ではありますが。。
圧倒されながら必死に聴きました。
そして、小さな一歩が目指している方向は間違っていない、という想いと、
方向は間違っていなくても、できていないことがたくさんありすぎることに打ちのめされる想いが数倍ありました。
とげのある原木を、自分が傷つくことを覚悟で抱きしめられるか? いや、できていない。
最初から、限界を見定めて、「これ以上は民間NPOでは無理」と線引きしていないか。
民間団体の役割を、専門職や専門機関につなぐための入口、と言い訳して逃げていないか。
全く足りていない、できていない、やろうとしていないことばかり、、、と少し自らに甘くなりかけた自分が恥ずかしくなった帰路でした。