根気強く報せ続けるのに、無駄な方法はない
先日、ふらっと来られて、初めは口が重かったけれど、語り始めたら、重い重い人生を歩んできた方。
色々な事情があって、携帯電話もパソコンも見ることができません。
心や身体に不調があって、助けてくれる機関やこころをやすめる居場所を必死に探しているのだけど、
ネット万能の時代、「どこにいけばそういう居場所の情報があるか、その情報のある場所からしてわからない」と言われました。
「ここをどうやってお知りになったのですか?」と聞くと
「2年前に『こころのともしび』が開業したときに、広島市の公共施設の開架コーナーにチラシがあって、
それをずっと持ちながら、『いつか行こう、いつ行こうか』と悩んでいた」と言われました。
2年間暖め続けてくれて、そして、たどりついてくれたことを感謝しました。
いまはなんでもインターネットで情報を探すのが当たり前になっています。
小さな一歩の分かち合いや「こころのともしび」に連絡して来られる方もほとんど
「ホームページを見た」と言われます。
一方で、チラシは手間もお金もかかってたくさん配布するわりには反応がいまいちなので、
「あまり効果がないのかな?」と思っていた矢先にこの方のお話しを聞き、
改めて、このような活動を知っていただくためには、
周知活動も気長に、根気強く続けなければいけないことがよくわかりました。
本当に居場所を探している人ほど、ネット情報から遠いところにいる人なのだ、と気づかされました。
といった、日々の想いを伝えるのが、これがまたインターネットであることに矛盾や疑問を感じつつ。。。。。