「自立」とは、依存先を増やすこと
フェイスブックで、発見した記事。
新生児仮死の後遺症によって脳性まひの障害を持ちながら小児科医となった熊谷さんへのインタビュー記事は、深く考えさせれるものです。
この中で、特に心に響いた言葉です。
「“自立”とはどういうことでしょうか?」
一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、
さまざまなものに依存しないと生きていけないんですよ。
東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。
なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。
そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。
エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。
5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。
これが障害の本質だと思うんです。
つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。
健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。
けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。
依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。
“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。
世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。
実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが“自立”といわれる状態なのだろうと思います。
だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。
障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。
だから、障害者の自立生活運動は「依存先を親や施設以外に広げる運動」だと言い換えることができると思います。
今にして思えば、私の一人暮らし体験は、親からの自立ではなくて、親以外に依存先を開拓するためでしたね。
「TOKYO人権 第56号」インタビュー記事全文 ⇒
http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/56/jyoho56_interview.htm
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このインタビュー記事を、精神の障がいで、在宅看護を受けている方に見せたところ
「私は、いつも『早く自立できるようにがんばりなさい』と言われて負担なんです。
彼らの言う『自立』とは『人に頼らずに生きていけるようになる』ことのように聞こえます。
でも違うんですね」
私「そうですね。色々な人に“依存”できる、依存の仕方を自分が選べるということなんですね。
貴方と理解しあえる人と出会う機会が増えることもその1つだし、
『不本意だけど、在宅でできることはこれしかないからがまんするしかない』
から自分が望むサービスを受けられる選択肢が広がる、とか。」
自死遺族の抱える孤立感のこともこの言葉から考えさせられました。
多くの遺族が「いつまでも考えていないで前を向きなさい」とか「まだそのことにこだわっているの」とか『励まし』の言葉で傷つきます。
差別や偏見の言葉があったり、気持ちを理解しない人からの無神経な言葉などで、気持ちが
一層萎縮してしまうから、周りの誰にも自死のことを話すことができず、
孤独、孤立、閉塞感の中で過ごす遺族が多い。
自死遺族の苦しい心情が、広く偏見や色眼鏡なく受け入れられるようになれば
(こころの「頼り先」が広がれば)哀しい気持ちは変わらなくても、少なくても孤立感は和らぐのでは。
そんなことを考えさせられました。