広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

「忘却は『時間』から送られる最大のプレゼント』」なのか

 先日、ゲストとの雑談の中で、私が最近「物忘れ」がひどくて悩んでいる、という話をしました。

 実際、人や物の名前は当たり前。その日に食べた料理、飲まなくてはいけない薬、昨日話したこと,色々な約束やスケジュール、、、頭の中から砂がこぼれ落ちるがごとく“忘れて”いきます。

 プレイベートではさらに物忘れがひどく、家族が「認知症外来に行った方がいい」と強く勧めるほど。
 笑いを交えてお話をしていたら、ゲストさんが「米山さんは考えなくてはいけないことや覚えておかなくてはいけないことが多すぎるので、脳がパンクしないように機能して、『忘れていいことと、いけないこと』を選別しているのですよ。この働きが正常だから大丈夫。認知症の人は、この選別機能が弱まり、忘れていけないことを忘れてしまうことが問題」と助言してくれました。
 つまり「忘れる」とはその時点の私にとって「覚えておかなくてもいいこと」ということか、、、なんだか、救われた気分がしました。(物忘れの言い逃れではないですが、、)
 
 そういえば、ふと、昔、何気なく観たテレビ番組の
「忘却は,『時間』からの『最大のプレゼント』。“時がすぎて、色々な記憶を忘れる”ことで人は救われる。忘れることができず、すべてのことを覚えていたら、人は辛すぎて生きていけない。」というセリフを思い出しました。
 
 「ともしび」のゲストには「今からどうしようもないのに、忘れられない過去の出来事や『想い』に苦しんでいる」方が多くいます。
 自死遺族はもちろん、過去の取返しのつかない過ちでいまも自分や他人を責めている人も。
いま、どうにもできないと分かっているのに、、、
また、「過去の過ちを忘れないこと」を自らの戒めとしている人も。

 脳が、自分を守るために完全な働きをして、今から取返しのつかない「辛く悲しい記憶」「後悔」「罪悪感」「トラウマや恐怖」などを消してくれたら、私たちはもっと楽に生きていけるのかもしれません。。
 
 あくまで私自身のことですが、私は娘の自死のことを忘れることができないし、忘れようとも思いません。なぜなら、その辛い経験が、私を、また、「小さな一歩」の活動の礎であり、支柱であるからです。
 
2022年06月09日 10:26