広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

母の日プレゼント

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連休中の3日、小さな一歩のお友達が2人、家に遊びに来てくれました。

「母の日だから」とプレゼントに持ってきてくれた花束がうれしかった。
偶然にも、2人とも可愛らしいガーベラの花束。
一緒に花瓶に挿して。
お昼過ぎに来て、軽くごはんを食べて、テレビを見ながらゆるい時間を過ごした後、
「ついでに夕飯食べていったら」となり、夕飯を食べて帰りました。

10代、20代を母親の精神疾患に苦しみながら寄り添いながらも、自死で失った2人。
生きていれば彼女たちとほとんど同年代だった娘を亡くした私。
失われたものは代えがえのないものだけど、
失った者同士だからこういう新しい関係も生まれるんだな、不思議な天命です。

「こんな家族だんらんを母親と過ごしたことがなかった」
しみじみと語る彼女に
「これからいつでもできるよね」
と語りました。

母の日にはちょっと早かったけど、忘れられない母の日プレゼントになりました。
2014年05月07日 21:00

新たな出会いが多くの教えをくれる

茂さん著書
シンポジウムのチラシができて以降、いろいろな方に新たにお会いする機会がありました。

温かい支援をお約束してくださった原田康夫先生
広島大学第9代学長、名誉教授)
ありがとうございました。
お言葉に涙がこぼれました。

遠慮なく頼りにさせていただきます。

励ましのお便りと、著書を送って下さった、東尋坊の茂幸男様、
「これが自殺防止活動だ!」を読ませていただきました。
体当たりで、東尋坊で自殺未遂者の救助と支援を続けてこられた実績がつづられた本は
理論で語る「自殺防止論」とは違う、心に迫る迫力と強い使命感を感じるものでした。

私はどこまでできるのか。。。。でも、できるとこから、小さなところからでも一歩ずつ、
あきらめずにいこう、と思いました。

29日には、広島市西区の太光寺で「無村塾」という集まりがありました。
有志が集まって、いのちのこと、生や死について語る会です。
(太光寺は、娘が眠る「広島教会墓地」があるので、毎週墓参りに行っています)

この会で、いろいろな立場の方が「自死」について意見を交わしました。
自死遺族と異なる立場や目線から見る「自死」や「救命救急における自殺未遂者支援」。
この意見は大切だな、と思いました。

私も含め、自死遺族は「自死」に関して、どうしても同じ方向で見てしまいがちですし、
違う方向からの意見を「遺族の気持ちがわかっていない」と耳をふさいでしまったり、受け入れなかったりすることがあります。

でも、自死遺族の考えを自殺防止につなげるためには、立場、目線が異なる(多数派の)人と「どう折り合っていくか」は大切だな、と
違和感があってもあえてその意見を聞くことが大切だと思いました。

よい体験に誘ってくださったせきとうさんに感謝です。
2014年05月02日 18:13

天国で新しい衣をまとう

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20日は、キリスト教の大きな祝祭事である
「イースター」の日でした。

イエスキリストが、金曜日に十字架にかけられ、3日目である日曜日に復活したことを祝う日で、
毎年、春分の日の後のはじめの満月の、次の日曜日がイースター。
(クリスマスと違って、毎年日が違うので一般の人には理解しにくいですが)

このイースターの祭りが持つ意味、というのは
「命のよみがえり、とこしえの命」への信仰。
そのため、毎年イースターの日には教会信者による墓前礼拝が行われます。

亡くなった人の魂が神の国で「よみがえる」ことを祝うのです。

「死んだ後、天国に上り(信者は「御国」という)、現世での鎧や殻(罪や苦しみ、悪意を意味する)を脱ぎ捨て、新たな衣を神様から授かり、そこで永久に生きながらえる」
この教えは、心の支えになります。
娘がいつまでも私を天国で待っていて、見守ってくれている、という。

昨日初めて知ったことですが、
キリスト教では「かたつむり」をシンボルとして扱い、多くの美術品のなかで、キリストの墓の回りにある影にかたつむりが描かれ、又彫られているそうです。

かたつむりは、成長すると小さくなった殻を脱ぎ捨て、いったん裸になって、新しい殻を身にまとうそうです。
娘も、天国で、生きている時に、身にまとわりついていた「いろいろな殻」を脱ぎ去り、
今は新しい衣をきているのだろうか。。。。

よく眠る子でしたから、かわいい巻貝の中でゆっくりお昼寝している姿を連想してしまいました。




2014年04月21日 10:29
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シンポジウムのチラシを制作中です。

チラシに使うフリー素材を探していたら、とてもぴったりする写真がありました。

どんよりと曇った空と寒々とした風景。
目の前にある冬の水辺。

それを見つめながら、寄り添う2人。

自死を考えるほどの辛さを抱える人と、その心によりそう人の心象風景はこれに似ているように思います。

春うららの季節のときも、クリスマスの華やかな町並みにあっても、
こころの風景はいつも寒々とした孤独や、行きどころのない不安の中にある。

でも、1人でいるより、2人で寄り添っていれば、温もりがあるだけ、ちょっとは暖かいよね。

シンポジウムのテーマは「自死の淵に立つ心に向き合う」。

チラシに以下のような主旨分を書きました。



「自死者は直前まで、「生きるのが辛い!誰か助けて!」という壮絶な心の苦しみと戦い、
なんらかの形でSOSメッセージを発しています。
私たちは、「死にたい」という訴えや自殺未遂行為に対してうろたえ、立ち往生し、
正面から向き合えず、「まさか死ぬことはない」という思いこみに逃げ込みたくなります。
自死遺族の多くはその経験をしています。そしてそのことで、終生自分を責め続けるのです。
このシンポジウムは、自死遺族が自責の体験をもとに、「自死の淵に立つ心」に対して、
どのように向き合い、寄り添うべきかを多くの方と共に考えたいという思いから、
自殺防止対策の第一人者を講師に迎え、お話しを聞くために企画しました。
広島県も「自殺未遂者の事後ケア」に今後、重点的に取り組むことを発表しています。
このシンポジウムが、医療・福祉・地域の支援者が連携のもとでの自死者減少に
ささやかでもつながることを祈念します。」


少しでも多くの人の心にとまり、自死防止に向けた思いを共有することができますように。
2014年04月09日 10:46

「広島県の本気度がうかがえる自殺防止対策」

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自殺未遂者の再発防止に向けた広島大学病院の調査結果発表と、事後支援対策モデルの発表。

広島県の担当課の話では、
広島大学病院での支援モデルはできてきたが、
広島大学のように院内連携体制ができない地域の救命救急機関から地域へ連携する
ことがこれからの大きな課題、とのこと。

数年前に「本気でとりかかって」いて、娘がこの支援を受けることができていたら
「小さな一歩」は世の中になく、
私は、今の家に住むこともなく、教会で毎週祈りの日々を送ることもなかった。

どんな生活をしていたのかな、、、、

そう思いはするけれど。。。

いまからでも、同じ苦しみ、哀しみにさらされる人が少しでも減ることを祈ります。

2014年04月03日 19:20

自分のくせや苦手なことは、人に会うとわかる

3月は色々な会合、打ち合わせ、セミナーなどが集中し、
月~金は仕事、(年度末のため、いつもよりとても忙しかった)
土日は東京や大阪など、他県に行く毎日が続きました。

3月1日(土):島根の自死遺族自助グループ「虹」が大田市で開催した「しまね自死遺族フォーラム」

3月15日(土):小さな一歩「うつ症状がある方と家族の分かち合い」

3月21日(祝):お友達の自死遺族が運営する「LifePewer」主催の
「うつリハビリ期のストレスマネジメント」研修会(大阪府豊中市)

3月22日(土):東京コムケアセンター主催
「家族関係や人間関係から自殺の問題を考えるラウンドミーティング」に参加
(ここで茂さんとお話したことは前回のブログに書いたこと)

3月27日(水)広島FM「ヒロシマ ウィメンズハーモニー」収録
         5月30日10時15分~30分 放送予定だそうです

3月29日(土)今回のシンポジウムにご登壇いただく斉藤友紀雄先生にご挨拶に東京へ
         その後、自死防止活動をしている東京の団体と打ち合わせ

並べてみると「なんでこんなに詰め込んだんだろう」と思うような日程でしたが
どれも、自分にとって有意義な出会いや気づきがあり、1つとして無駄なことはありませんでした。

「有意義」と感じられることは、前向きで右肩上がりのことより、むしろ「自省」することの方が多い。

自分の視野の狭さや、考えの安易さ。

自死遺族以外の立場から見る「自死」というもの。ギャップを知ることも大切だと思いました。

そして、何をするにしても大切なことは「仲間」「協力者」を作ること。

私は自分1人ですることはわりとどんどんできるが、
周りに同志を募ったり、協力をお願いする、ということが苦手だ。

なんだか遠慮してしまう。迷惑なんじゃないか、とか負担なんじゃないか、とか。
「自分でやれることは自分でやった方が気楽」となってしまう。

でも、それは結局、いいことにならないんだな。

それと、人に協力してもらうためには、
独りよがりで走らないこと。
自分でしっかりと行く先を見つめてから歩き出すこと。

遠い先に待つものを見失わないように。

でも、少し自分を休めないとね。(笑)
2014年04月01日 19:25

東尋坊の「ちょっと待ておじさん」

福井県の東尋坊は飛び込み自殺の名所(いやな言葉だ)。
その東尋坊の入口で、「こころに響く おろしもち」という店を構えながら
東尋坊で自殺未遂者のパトロールをしている茂 幸雄さん。
体を張った自殺防止活動家として、国内外で有名な方です。

茂さんの活動ブログ

先日、東京で「自死・自殺を考えるラウンドミーティング」という小会合があり、
茂さんと近い場所でお話できる機会だったので出かけていきました。

茂さんは、元警察官らしいがっしりとした体躯の方でした。

「彼らは日没を待って、じっと座って一人シクシク泣いている。みんな、『死んだらいかんよ』と声を掛けてほしいんですよ」「わしが何とかしてやると、強い気持ちで声を掛けるんです。すると、こんな変なおじさんに任せていいのか、と彼らは調子が狂っちゃう。調子を狂わせることが必要。死のうと集中している人は、ハッと我に返るんです。そういう方は何人もおられました」

と言われるように、ざっくばらんな、頼りがいのあるおやじさん、という印象の方でした。

私「広島でも、自殺未遂者の再発防止のためのシェルターをしたいのですが、心理、精神保健、医療の専門スタッフをそろえないといけないのでは、、、、」

茂さん「いらん、いらん。かえってじゃまよ。とにかく話を聞くの。それさえすれば。」

私「自殺未遂した直後の人を見守るには、再発防止のための『ゆるやかな監視』が必要なのでは。。。」

茂さん「いらんいらん。とにかく、『どうしたいか』を徹底的に聞くこと。借金が苦なのか、生活ができないのか、家族とうまくいかないのか、職場でいじめられているのか。
聞いて、必要な場所に一緒に行って、話し合いの間に立ってあげて。
それさえすれば、ぐっすり寝る。」


「それさえすれば」。一にして十なり。

今度、現場を見学に行き、体験もさせてもらうことになりました。

百聞は一見にしかず、ですから。


2014年03月26日 15:31

「小さな風の会」のこと

けいじばん「想いの投げ入れ箱」に投稿くださった遺族の方が教えてくださった
「ちいさな風の会」。自死に限らず、病気や事故で子を亡くした親が集う会です。

世話人は、現在は立教女学院短期大学の学長をされている若林一美先生。

平成元年から、子を亡くした親の会(分かち合い)を続けて来られています。

平成18年に講演された「遺族の悲嘆とグリーフケア」(当時は山梨英和大学教授)
の原稿を読みました。

原稿の全文(PDF)はコチラ

長文ですが、自死を経験された方にも、身近に遺族がいて、どのように接したらいいかわからない方にもぜひ読んでいただきたいと思います。

「親の死 あなたの過去を失うこと」
「配偶者の死 あなたの現在を失うこと」
「子どもの死 あなたの未来を失うこと」
「友人の死 あなたの人生の一部を失うこと」
(E.グロールマン)

この講演録の中で、こんな文章があります。

「時間の経過について『悲しみにも2種類あるような気がする』とおっしゃった方がいらっしゃいます。(病気で子どもをなくした親が)「2つの悲しみ」というのは、身体的な痛みに対する訴えに対して、答えてあげられなかったことに対する悲しみ。そしてもうひとつの悲しみとは、言葉ではないけど、何か訴えたいような目をして自分に向けた思いの部分で、お互いの間の中でうまく関わりきれなかった、悔いから生じている悲しみであり、前者はどちらかというと少しずつだけれども時間の経過の中で薄くなっていくのに対して、後者はむしろ時間が経ってゆくなかで、「なんであのときあんな風にできなかったのか」「こういう思いだったのか」というような公開の思いも含めて、深く悲しくなっていく。」

自死は病死とは異なることもあるけれど、
「うつ」という病気に自分がうまくかかわれなかった、という点では同じ。

何度も時計を巻き直して、どの日からやり直せば違っていたのか。
どの言葉を言わなければよかったのか
どの言葉や行動を上手に拾ってあげていたらよかったのか。

その思いは時がすぎても小さくなることはありません。

講演録にも書かれていましたが
「もう○年も経つんだね、早いもんだね」と言われることが辛い。
他人からしたら「早いもんでもう○年」と言われる日々が、自分にとって、どんなに砂地を這うような長い道のりだったか。

そして、その砂地を這うような時の流れが、いつまでも続く、荒涼とした思い。

論文を読んで、私自身の心の奥にあるウロが開いたような気持ちになりました。

若林先生の著書「死別の悲しみを超えて」








2014年03月17日 20:46

愚痴と弱音

私は小さな会社を経営していて、娘の死後も、簡単に会社を閉じることができない事情があり、
今まで二足のわらじを何とか持ちこたえてきた。

会社に出て、1日の中で小さな一歩の活動についての事務処理や連絡をしながら
同じ机上のパソコンで、分刻みで仕事もしてきた。

なんとか綱渡りの日々を生きてきたけど、もう限界かな。

年度末の忙しい3月、仕上げなければいけない仕事と
小さな一歩の活動も実は大きなことを控えている。

さらに4月からはじまる年度に向けて新しい仕事も獲得のピークだった。

そんな中で、大きな仕事が獲得できそうだったのに、契約手続きの締め切りをうっかり過ぎてしまい、
その契約が破棄になった。

いま猛烈に落ち込んでいる。

悪いのは自分だ、やることが短期間に集中しすぎて、注意力がおちた。

でも、もう、人間として限界かな、と思っている。

部下には「小さな一歩」の活動のことはほとんど話していない。

活動はじめのときに、「私は体半分を『小さな一歩』の活動に使いますから
給料を半分にしますから、その分、みなさんが自立してがんばってほしい」とは言ったが。

そんなに簡単じゃなかった。期待していた自分がばかだった。

ぐちです、ただの。

明日からまた気をとりなおしてがんばります。



2014年03月10日 20:43

「食べて語ろう会」のこと

「食べて語ろう会」は、広島市内で30年間、【お腹をすかせた子供たち】への支援をしています。
保護観察処分を受けている未成年少年が多いそうです。

以前にもテレビでその活動が紹介されていたことを記憶していますが
2月26日に広島市ボランティア情報センター主催の「広島市・居場所づくり連絡会」の会合でメンバーの方の話に心をうたれました。
(お名前の記録がなく残念。聞き書きなので多少事実と異なることもあるかもしれません)

元保護司である中本さんが、ある少年の言葉をきっかけに始められた。

「シンナーを吸っているときだけ、空腹を忘れられる」。

不況とはいえ飽食の日本で、空腹に耐えられず、万引きをしてしまったり、グループで非行に走ってしまう少年が少なからずいる。

その多くは保護者の経済状態が原因で
(もちろん、もっと複雑で深刻な問題も併せ持っている家庭がほとんどだそうですが)、
"本当に食べ物がなく、空腹を抱えている"。

特に、学校の給食がない長期休暇中が「地獄」なんだそうです。

「この子らは、食べられてさえいれば、非行の道に行かない」。
「3食は無理だけど、せめて夕食だけでも」。


中本さんは自宅を開放し、少年たちにひたすら夕食を提供し続けています。
よけいなことは聞かない。ただ、ひたすら、自宅の炬燵に招きいれ、「ごはん」を食べさせる。

はじめはとんがった目をしていた子が、暖かいこたつでごはんを食べると、みるみる目が丸くなり、
ホロホロと自分の話をし始めるそうです。


「ばっちゃん、こいつ、本当に食えてなくてかわいそうじゃけぇ、なんか食わせたって」
自分の空腹をよそに、仲間を連れてくる少年たち。

中本さんの自宅の茶の間はいつも子供たちに開放されている。
中本さんは自分が自宅で足を伸ばす時間もない。

それでも、1年中、ひたすら「この子らに食べさせる米を切らさないように」と頑張っている。

会に出席した方は、同じ市営住宅に住み、中本さんの孤軍奮闘を見かねて手伝い始めたそうです。
「中本さんに少しでも休んでもらいたい」その思いから、週2回は公民館を借りて活動ができているとのこと。

長い活動期間中、一番の危機は、資金難から「米が底をつきそうになった」時だそうです。

今も民間の助成金や現物支援などはあるが、行政からの支援はありません。

衝撃でした。
「この人は、なんでこんなに身を挺してできるんだろう」と思いました。
自分がひどくちっぽけで小さな人間に思えてしまいました。


会員の中にも高齢の人が増えた中で、活動の将来に不安があるとのこと。

ぜひ行政をはじめとする、カネ・モノの支援の手が届いてほしいと思います。
ヒトは簡単に代わりができるものではありません。
ばっちゃんじゃないとだめ、だから継承がむずかしい。

暖かく守られた部屋。
手作りのごはんを「みんなで囲んで食べること」。
よけいな言葉はなく、自分の言葉を受け入れてくれる人が「いつも同じ場所にいること」。

人が人として安らげる最少にして最大のものがここにある。


「自分たちは、インターネットとかわからないから、こつこつとやるしかなくて。」
インターネットなんて、そんなもの、どうでもいいですよ!!

ということをネットで配信する自分がまた、はずかしいです。

「食べて語ろう会」の活動を紹介する「マツダ財団」の記事




2014年03月05日 16:04