広島の自助グループ 「NPO法人 小さな一歩・ネットワークひろしま」

自死遺族支援、自死(自殺)防止のための支え合い

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ブログ風 日々のつれづれ

夫の遺志を受け継ぐ自死遺族

本日5月26日の中国新聞の3面に、小さな一歩の仲間、広島の自死遺族であり、
弁護士である佃祐世さんが出版される自伝「約束の向こうに」のことが大きく取り上げられていました。

2006年に脳腫瘍で倒れ、静養中に心の病を発症したご主人は2007年春に自死で亡くなりました。
当時4人目の子どもを出産したばかりで専業主婦だった佃さんですが夫が闘病中に語った「司法試験を受けないか」という言葉を忘れずシングルマザーで4人の子どもを育てながら、猛勉強の末、法科大学院に入り、12年秋に、3度のチャレンジで司法試験に合格したのです。

私が佃さんと会ったのは今年の春で、出版準備の中で、本の巻末に、全国の自殺防止活動団体や自死遺族支援団体を紹介するページを設けたい、という投稿が全国自死遺族支援団体のメーリングリストにあったところから連絡をとってお会いしたのです。

書かれたような履歴を見て、さぞ「できる人」オーラが強く、切れ者的な(言わばキャリアウーマンのような)タイプの方を想像していたら、目の前にいる佃さんはおっとりとかわいい声で話す、ちょっと天然が入った、思わず「だいじょうぶ?」と手を差し伸べたくなるような感じの方でした。(失礼!(^_^;))

「この人が、4人の子育てをしながら、5年間で司法試験合格までたどりつき、
本を出版するところまできたんだ」と思うと、
故人から受け取ったパワーと意志力はどれほどのものか、と改めて思います。
ぜひ、この意志とパワーを、今後も小さな一歩にも貸してほしい、とお願いしたところ、
快く了解いただきました。
まさに「出会いに感謝!」です(T_T)



また、先日、
衆議院で「過労死防止法案」が通過した、というニュースの中で
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140523-00000118-mai-soci
遺族である「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子代表が
「(夫の)命を救えなかった悔しさが胸に刻み込まれ、どうすれば死なずに済んだのかを
考えることが私の生きるテーマになりました」と活動のきっかけを語り、
その上で「若者が過酷な労働環境に追いやられ、優秀な人材をなくすことは日本の未来をなくすことです」と訴えました。


なんと意志の強い言葉でしょう。本当にその通りです。

なんの資格もなく、社会的活動もしていない私ですが、自分ができるところから小さな一歩でもがんばっていこうと大きな勇気をもらいました。



2014年05月26日 13:49

肩を抱き、手を握ること

 先週末の「うつ症状のある方、またはその家族の会」には、
 初めて、当事者と支援する家族が一緒に参加がありました。
 しかも、2組の方が。

 
 
  当事者と家族が同席、というのはお互いに遠慮しあってうまく胸の内を語れないのでは、
 2つの家族が牽制してしまわないか、と始まる前は心配したのですが
 実際に語り始めてみると、
 支援家族同志は当事者ががんばっていることを当人の前で語り合い、
 隣り合った当事者同士は、肩に手を置き、背中を抱いて、
 自分がとてもつらいのに
 「よくがんばってるね、えらいね。。。」と声をかけあっていました。

 考えてみると、一対一で当事者と支援する家族が向き合っているとき、
 支援家族は、愚痴やストレスも口にできないけど、
 面と向かって「ほめてあげる」こともできないのかも。

 
 同志がいると、1人ではできないことが自然とできるようになる。

 うつ当事者と家族の分かち合い、

 こんな形で続くといいな、と思いました。


 
 

2014年05月20日 16:56

広島市精神保健福祉課のホームページにリンクされました

今回のシンポジウムのお知らせが広島市精神保健福祉センターの「イベント」情報にアップされました。

確認のため、ページにアクセスして、改めて
気づかなかった、過去のいろいろなイベントや自助グループの活動について知りました。

小さな一歩などの自助グループ活動も
「こういう活動をしている団体、て、他にないですよね」と言われ、
「いえいえ、実はけっこうあるんですよ」と、逆に他の会を教えてあげることが結構あり、
自死遺族の中にも、うつ当事者の中にも、求めている「居場所」が探せない人は未だに多いのでは、と思わされます。


「一生懸命やっていても、必要な人に届かなければ、やっていないに等しい」

常に私はそう思っているのですが、
この情報過多の時代にあって、
必要な人が情報の洪水の中から
自分に必要な情報を見つけることのむずかしさを改めて考えます。

今回のシンポジウムは、多くの人が集まればいい、のではなく、
心から「希死念慮の強い人への対策」について考えている人が、少数でも来ていただきたいと思っているのです。

同じ志を持つ方に、どうぞつながりますように、と祈ります。



2014年05月14日 13:56

母の日プレゼント

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連休中の3日、小さな一歩のお友達が2人、家に遊びに来てくれました。

「母の日だから」とプレゼントに持ってきてくれた花束がうれしかった。
偶然にも、2人とも可愛らしいガーベラの花束。
一緒に花瓶に挿して。
お昼過ぎに来て、軽くごはんを食べて、テレビを見ながらゆるい時間を過ごした後、
「ついでに夕飯食べていったら」となり、夕飯を食べて帰りました。

10代、20代を母親の精神疾患に苦しみながら寄り添いながらも、自死で失った2人。
生きていれば彼女たちとほとんど同年代だった娘を亡くした私。
失われたものは代えがえのないものだけど、
失った者同士だからこういう新しい関係も生まれるんだな、不思議な天命です。

「こんな家族だんらんを母親と過ごしたことがなかった」
しみじみと語る彼女に
「これからいつでもできるよね」
と語りました。

母の日にはちょっと早かったけど、忘れられない母の日プレゼントになりました。
2014年05月07日 21:00

新たな出会いが多くの教えをくれる

茂さん著書
シンポジウムのチラシができて以降、いろいろな方に新たにお会いする機会がありました。

温かい支援をお約束してくださった原田康夫先生
広島大学第9代学長、名誉教授)
ありがとうございました。
お言葉に涙がこぼれました。

遠慮なく頼りにさせていただきます。

励ましのお便りと、著書を送って下さった、東尋坊の茂幸男様、
「これが自殺防止活動だ!」を読ませていただきました。
体当たりで、東尋坊で自殺未遂者の救助と支援を続けてこられた実績がつづられた本は
理論で語る「自殺防止論」とは違う、心に迫る迫力と強い使命感を感じるものでした。

私はどこまでできるのか。。。。でも、できるとこから、小さなところからでも一歩ずつ、
あきらめずにいこう、と思いました。

29日には、広島市西区の太光寺で「無村塾」という集まりがありました。
有志が集まって、いのちのこと、生や死について語る会です。
(太光寺は、娘が眠る「広島教会墓地」があるので、毎週墓参りに行っています)

この会で、いろいろな立場の方が「自死」について意見を交わしました。
自死遺族と異なる立場や目線から見る「自死」や「救命救急における自殺未遂者支援」。
この意見は大切だな、と思いました。

私も含め、自死遺族は「自死」に関して、どうしても同じ方向で見てしまいがちですし、
違う方向からの意見を「遺族の気持ちがわかっていない」と耳をふさいでしまったり、受け入れなかったりすることがあります。

でも、自死遺族の考えを自殺防止につなげるためには、立場、目線が異なる(多数派の)人と「どう折り合っていくか」は大切だな、と
違和感があってもあえてその意見を聞くことが大切だと思いました。

よい体験に誘ってくださったせきとうさんに感謝です。
2014年05月02日 18:13

天国で新しい衣をまとう

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20日は、キリスト教の大きな祝祭事である
「イースター」の日でした。

イエスキリストが、金曜日に十字架にかけられ、3日目である日曜日に復活したことを祝う日で、
毎年、春分の日の後のはじめの満月の、次の日曜日がイースター。
(クリスマスと違って、毎年日が違うので一般の人には理解しにくいですが)

このイースターの祭りが持つ意味、というのは
「命のよみがえり、とこしえの命」への信仰。
そのため、毎年イースターの日には教会信者による墓前礼拝が行われます。

亡くなった人の魂が神の国で「よみがえる」ことを祝うのです。

「死んだ後、天国に上り(信者は「御国」という)、現世での鎧や殻(罪や苦しみ、悪意を意味する)を脱ぎ捨て、新たな衣を神様から授かり、そこで永久に生きながらえる」
この教えは、心の支えになります。
娘がいつまでも私を天国で待っていて、見守ってくれている、という。

昨日初めて知ったことですが、
キリスト教では「かたつむり」をシンボルとして扱い、多くの美術品のなかで、キリストの墓の回りにある影にかたつむりが描かれ、又彫られているそうです。

かたつむりは、成長すると小さくなった殻を脱ぎ捨て、いったん裸になって、新しい殻を身にまとうそうです。
娘も、天国で、生きている時に、身にまとわりついていた「いろいろな殻」を脱ぎ去り、
今は新しい衣をきているのだろうか。。。。

よく眠る子でしたから、かわいい巻貝の中でゆっくりお昼寝している姿を連想してしまいました。




2014年04月21日 10:29
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シンポジウムのチラシを制作中です。

チラシに使うフリー素材を探していたら、とてもぴったりする写真がありました。

どんよりと曇った空と寒々とした風景。
目の前にある冬の水辺。

それを見つめながら、寄り添う2人。

自死を考えるほどの辛さを抱える人と、その心によりそう人の心象風景はこれに似ているように思います。

春うららの季節のときも、クリスマスの華やかな町並みにあっても、
こころの風景はいつも寒々とした孤独や、行きどころのない不安の中にある。

でも、1人でいるより、2人で寄り添っていれば、温もりがあるだけ、ちょっとは暖かいよね。

シンポジウムのテーマは「自死の淵に立つ心に向き合う」。

チラシに以下のような主旨分を書きました。



「自死者は直前まで、「生きるのが辛い!誰か助けて!」という壮絶な心の苦しみと戦い、
なんらかの形でSOSメッセージを発しています。
私たちは、「死にたい」という訴えや自殺未遂行為に対してうろたえ、立ち往生し、
正面から向き合えず、「まさか死ぬことはない」という思いこみに逃げ込みたくなります。
自死遺族の多くはその経験をしています。そしてそのことで、終生自分を責め続けるのです。
このシンポジウムは、自死遺族が自責の体験をもとに、「自死の淵に立つ心」に対して、
どのように向き合い、寄り添うべきかを多くの方と共に考えたいという思いから、
自殺防止対策の第一人者を講師に迎え、お話しを聞くために企画しました。
広島県も「自殺未遂者の事後ケア」に今後、重点的に取り組むことを発表しています。
このシンポジウムが、医療・福祉・地域の支援者が連携のもとでの自死者減少に
ささやかでもつながることを祈念します。」


少しでも多くの人の心にとまり、自死防止に向けた思いを共有することができますように。
2014年04月09日 10:46

「広島県の本気度がうかがえる自殺防止対策」

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自殺未遂者の再発防止に向けた広島大学病院の調査結果発表と、事後支援対策モデルの発表。

広島県の担当課の話では、
広島大学病院での支援モデルはできてきたが、
広島大学のように院内連携体制ができない地域の救命救急機関から地域へ連携する
ことがこれからの大きな課題、とのこと。

数年前に「本気でとりかかって」いて、娘がこの支援を受けることができていたら
「小さな一歩」は世の中になく、
私は、今の家に住むこともなく、教会で毎週祈りの日々を送ることもなかった。

どんな生活をしていたのかな、、、、

そう思いはするけれど。。。

いまからでも、同じ苦しみ、哀しみにさらされる人が少しでも減ることを祈ります。

2014年04月03日 19:20

自分のくせや苦手なことは、人に会うとわかる

3月は色々な会合、打ち合わせ、セミナーなどが集中し、
月~金は仕事、(年度末のため、いつもよりとても忙しかった)
土日は東京や大阪など、他県に行く毎日が続きました。

3月1日(土):島根の自死遺族自助グループ「虹」が大田市で開催した「しまね自死遺族フォーラム」

3月15日(土):小さな一歩「うつ症状がある方と家族の分かち合い」

3月21日(祝):お友達の自死遺族が運営する「LifePewer」主催の
「うつリハビリ期のストレスマネジメント」研修会(大阪府豊中市)

3月22日(土):東京コムケアセンター主催
「家族関係や人間関係から自殺の問題を考えるラウンドミーティング」に参加
(ここで茂さんとお話したことは前回のブログに書いたこと)

3月27日(水)広島FM「ヒロシマ ウィメンズハーモニー」収録
         5月30日10時15分~30分 放送予定だそうです

3月29日(土)今回のシンポジウムにご登壇いただく斉藤友紀雄先生にご挨拶に東京へ
         その後、自死防止活動をしている東京の団体と打ち合わせ

並べてみると「なんでこんなに詰め込んだんだろう」と思うような日程でしたが
どれも、自分にとって有意義な出会いや気づきがあり、1つとして無駄なことはありませんでした。

「有意義」と感じられることは、前向きで右肩上がりのことより、むしろ「自省」することの方が多い。

自分の視野の狭さや、考えの安易さ。

自死遺族以外の立場から見る「自死」というもの。ギャップを知ることも大切だと思いました。

そして、何をするにしても大切なことは「仲間」「協力者」を作ること。

私は自分1人ですることはわりとどんどんできるが、
周りに同志を募ったり、協力をお願いする、ということが苦手だ。

なんだか遠慮してしまう。迷惑なんじゃないか、とか負担なんじゃないか、とか。
「自分でやれることは自分でやった方が気楽」となってしまう。

でも、それは結局、いいことにならないんだな。

それと、人に協力してもらうためには、
独りよがりで走らないこと。
自分でしっかりと行く先を見つめてから歩き出すこと。

遠い先に待つものを見失わないように。

でも、少し自分を休めないとね。(笑)
2014年04月01日 19:25

東尋坊の「ちょっと待ておじさん」

福井県の東尋坊は飛び込み自殺の名所(いやな言葉だ)。
その東尋坊の入口で、「こころに響く おろしもち」という店を構えながら
東尋坊で自殺未遂者のパトロールをしている茂 幸雄さん。
体を張った自殺防止活動家として、国内外で有名な方です。

茂さんの活動ブログ

先日、東京で「自死・自殺を考えるラウンドミーティング」という小会合があり、
茂さんと近い場所でお話できる機会だったので出かけていきました。

茂さんは、元警察官らしいがっしりとした体躯の方でした。

「彼らは日没を待って、じっと座って一人シクシク泣いている。みんな、『死んだらいかんよ』と声を掛けてほしいんですよ」「わしが何とかしてやると、強い気持ちで声を掛けるんです。すると、こんな変なおじさんに任せていいのか、と彼らは調子が狂っちゃう。調子を狂わせることが必要。死のうと集中している人は、ハッと我に返るんです。そういう方は何人もおられました」

と言われるように、ざっくばらんな、頼りがいのあるおやじさん、という印象の方でした。

私「広島でも、自殺未遂者の再発防止のためのシェルターをしたいのですが、心理、精神保健、医療の専門スタッフをそろえないといけないのでは、、、、」

茂さん「いらん、いらん。かえってじゃまよ。とにかく話を聞くの。それさえすれば。」

私「自殺未遂した直後の人を見守るには、再発防止のための『ゆるやかな監視』が必要なのでは。。。」

茂さん「いらんいらん。とにかく、『どうしたいか』を徹底的に聞くこと。借金が苦なのか、生活ができないのか、家族とうまくいかないのか、職場でいじめられているのか。
聞いて、必要な場所に一緒に行って、話し合いの間に立ってあげて。
それさえすれば、ぐっすり寝る。」


「それさえすれば」。一にして十なり。

今度、現場を見学に行き、体験もさせてもらうことになりました。

百聞は一見にしかず、ですから。


2014年03月26日 15:31